Vol.01中部山岳国立公園

Chubusangaku National Park

フォトグラファー・西山勲が国立公園を巡り、その土地の歴史や空気、心が動いた瞬間を言葉とともに綴ります。

今回の舞台は、中部山岳国立公園の上高地。旅を共にしたのは、PAPERSKY編集長のルーカス B.B.と、アーティストのCHALKBOY(吉田幸平)。北アルプスの山々に囲まれたこの場所を歩きながら、一枚の写真が生まれる瞬間に宿るものがたりを辿ります。

Chubusangaku National Park

Episode 01

静かな夜明け

静かな夜明け
上高地に到着した僕らは、山荘に荷物を置いて明神池まで歩いた。観光客で賑わう河童橋を起点に岳沢湿原を抜け、樹林を彷徨い、エメラルドグリーンの梓川に沿って歩いた。写真を撮りながらゆっくり歩いて片道2時間くらいの距離だった。
日もくれかけたころ、たどり着いた穂高神社には大きな鳥居が建っていて、遠くその先にそびえ立つ明神岳が見えた。その岩肌はゴツゴツと荒々しく、時折姿を見せる頂の様子は神々しいものを感じさせた。僕らは桟橋のかかった明神池を眺めながら、ルーカスの買ったえび煎餅をかじり、幸平くんは明神岳のスケッチをして帰路についた。

翌日の明け方、僕はひとり山荘を出て河童橋に向かった。そこには誰一人おらず、昨日の喧騒が嘘のように静まりかえっている。橋の上に立ち、ぐるりと周囲を見回してみる。薄い霧に包まれた穂高連峰の山々に見下ろされながら、僕はその静けさに耳を澄ました。

目を閉じると、知覚できる情報は梓川のせせらぎだけになった。その流れの先に体を向けて、そっと目を開けると、薄く藍色に染まった空が、山の谷間から顔を出した。

Episode 02

創作する景色

創作する景色
創作のすごいところは、なにかが人の中を通ることで、新たに生み出されることだと思う。僕はこれまであちこち旅をしながら、なにかを表現したり、作ったりする人たちに会ってきた。
彼らは、ひとたびキャンバスの前に立ち筆を持つと、僕の目の前から姿を消し、どこかへ行ってしまう。誰も入ることができない自分の内側に、奥深くに向かっていく。やがてこれまで見たこともないものが、この世界に生み出されるのだ。その神秘的な瞬間にいつも感動してしまう。

この上高地の旅の間にも、いくつかの絵が生まれた。「ここ」。幸平くんがそう呟くと、彼は座り込みスケッチをはじめる。僕らはその様子を眺め、写真を撮り、完成を待つ。愛用の水彩ペンのインクが切れれば薄めたコーヒーを代用品にし、雨が降れば厚手の紙に変え、傘を刺してどうにか描いた。

そんなふうにして僕たちは、目の前の景色が幸平くんを通過していく瞬間に立ち会ってきた。なんと幸せな旅だろう。

Episode 03

山の記憶

山の記憶
ようやく辿り着いた涸沢カールにはまだ雪が残っていた。北アルプス穂高連峰の中腹、目前には壮大な曲面を描く圏谷が広がっている。凍った雪面に立ち、スケッチをはじめた幸平くんを写真に撮ろうとした僕は、うっかり足を滑らせ、滑落一歩手前の恐怖を味わった。あの数百メートルは続く氷壁を滑り落ちていたら、と今でも恐ろしくなる。

日本に点在する国立公園では、ありのままの自然の中に身を置くことができる。そこには普段の生活とは異なるルールがあり、僕らはこの自然の中において、いかに小さな存在であり、無力であることを知覚することができる。

山に登るのであれば、山行が進むにつれ、自然への畏れは強くなっていくだろう。人々が山々を敬い崇めてきた永い記憶に触れる接点が、そこにはあるのだと思う。そうした記憶に繋がりながら歩くこと。それが自然に入るということの最初の一歩なのだと思う。

FRAMED LANDSCAPE

- 中部山岳国立公園の風景

  • Chubusangaku National Park

    Chubusangaku National Park / 西山 勲

    ¥32,000〜
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    Chubusangaku National Park / 西山 勲

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